04/17 「遠くドイツから想う日本」

この時期、日本とドイツでの共通の話題といえば、「花粉症」に尽きるでしょう。ドイツの街角で、いかに自分の花粉症がひどいか、「花粉症自慢大会」をしているところに遭遇することもあります。そして私、藤井隆史も時々その参加者の一人になっています。
先月3月に滞在した日本、そして今、4月のここドイツでも、それぞれきちんと、違った症状の花粉症を発症しています。
日本ではくしゃみ、鼻水が止まらず、目と顔(特に鼻とおでこ)がかゆくて仕方ないのですが、ドイツに来ると、首にだけ湿疹のようなものができ、息もなんとなく苦しい、そして耳も鼻も目も口の中も、もう穴という穴が全部かゆくて、誰か助けて〜、という状態に陥ります。
ドイツで僕は「あなたは白樺の花粉に弱いですね。」とお医者さんに言われており、日本で白樺の木はあまり見かけませんが、確かにドイツではよく目にします。また日本のニュースなどで「今年の日本の花粉は、昨年の何十倍!!」とよく聞きましたが、その割に出掛けるあちこちで自然という自然はあまり見られませんよね。きっと花粉たちは遠くから飛んできているのでしょう。
マンハイムの大学で、天気の良い日に5階の練習室から休憩がてら外を眺めていると、ふら〜〜〜と飛んでいる「もの」を見つけ、「これが花粉かー」と思うのですが、そんなに人間に迷惑をかけている風にも見えず、かわいいものです。

3月の日本では、電車の中でみなさんの付けているマスクチェックをしていました。僕自身はマスクを付けると、自分がとんでもなく重病人のように思えてきて気が萎えてくるのと、することで余計に顔がかゆくなるので、あえてしていません。
ドイツ、そしておそらくヨーロッパでは、マスクは、病院などで空気感染の疑いがある重大な伝染病に携わる方々しか付けないと聞いたことがあり、確かに街中でマスクをしている人は見たことがありませんので、今回3月に日本に帰国し成田空港に着いた途端、本当に多くの方がマスクをしていて、久しぶりの光景だからか、目が「!?&$*#!」となりました。
日本は今ではマスクも色々な種類があるのですね。みなさんそれぞれ、付けている方々の個性や、好みに合っている(のであろう)マスクをしていて、それだけマスクだけでも色々選べるのだと、日本の素晴らしさを感じます。
そういう中でも、昔から存在する、ノーズフィットも何もない、ごく普通のマスクをしている人を見ると、「この人、いいねえ」と思うのは、僕だけでしょうか?

日本の素晴らしさといえば、今回日系航空会社で日本に帰国したのですが、成田空港に着き荷物を受け取った瞬間、スーツケースの取っ手部分が壊れていることに気づきました。
そこで僕は「手荷物センター」の存在を思い出し、そちらに足早に向かい事情を説明すると、まあその対応の早いこと。
ドイツから持ってきた荷物は家に持って帰りたかったので、その日は一旦そのまま自宅に持ち帰ったのですが、次の日にその壊れたスーツケースを自宅まで取りに来てくれ、たった2日ほどできれいに直し、再び届けて頂いたときには「これぞ日本!!」と、熱い想いが胸にこみ上げてきたものです。
その手荷物センターでは、故障の状態によっては新しいスーツケースをその場で下さることもあるそうで、それも今回、僕のスーツケースが壊れていなければ知らなかったことですので、これは縁だなと思いました。
あ、余計なご案内だったかな・・。

また、僕はドイツの大学では長時間練習室にこもるため、麦茶とエスプレッソ(この組み合わせ・・)をそれぞれ魔法瓶に入れて練習に向かうのですが、ついこの間日本で買ってきた、とあるメーカーの魔法瓶(エスプレッソ用の小さいもの)が、どうもすぐにぬるくなってしまうのです。
そこで、「これはお客様相談室に聞いてみよう」と、その旨メールで問い合わせたところ、こちらが「そこまで謝っていただかなくても、大丈夫です」と書いてしまう程の丁寧な対応で、すぐに同じ型の新しいものを送ってくださり、もう日本最高、と感謝しました。

ドイツでもよく食品や商品の裏に、お客様相談室や苦情センターなどの電話番号が書いてあるのですが、その通話代が無料ではなく、普通の通話代より高い、そして応対してくれる時間帯が非常に短い、しかも掛けたところで解決しそうもないし、時には、こちらがなぜか怒られたりするんだろうなと、パッケージを見ながら思うこともしばしば。
ただ、ここドイツで何か問題が起こったとしても、言ってみてだめなら「まあ、こんなこともあるか」と思うように努めますし、お国柄に合わせて臨機応変にこちらが対処することも大切、ということも、ドイツに来て学べたように思います。


日が大変長くなり、朝晩はまだ寒いながらも春一色といった感じのマンハイムで、次のドイツや日本での演奏会に向けて練習に励む毎日です。いつもドイツに戻ってくると、日本にいたのがまるで夢だったかのように、ここでの日常が普通に始まるのですが、ふと、3月に日本での演奏会を通じてお会いしたみなさんはお元気かな、訪ねたあの場所は、今はどんな感じになっているかな、と思ったりします。

日本で完全なソロ・リサイタルをしたのは実に7年ぶりとなる市川での演奏会は、早くから完売になっていたため、当日は会場前に多くのお客様が列を作ってくださり、小さな会場ならではの親近感と熱気に満ちた午後になりました。地元千葉ということで、小さい頃に可愛がって下さった方や小学校時代からの先生方、友達、地元広報誌の僕の掲載記事を見てかけつけてくださった方など、僕の生まれ故郷千葉に縁のある方々に数多く出会えたことも、とても嬉しかったです。

その1週間後に、僕は四国・香川県の高松にいました。僕が8歳の頃からピアノを師事した武田宏子先生の50周年記念の門下生コンサートがあり、その記念の日に留学先からも、日本各地からも、僕が昔からよく知っている門下生が高松に集まるということでそれも楽しみに、ゲスト演奏という形で演奏させて頂きました。
高松に行ったのはおそらく7,8回目だったと思うのですが、非常に都会でありながらゆったりとした空気が流れていて、僕にとって特別な、どこかおおらかな街の様子が本当に懐かしく、門下の先輩方と飲み明かした次の日に、ゆっくりと街を散歩したのも良い思い出です。年齢、世代を超えて、一人の先生を慕って縁をもつことができた門下生の絆の力は偉大だな、と強く感じた一日でもありました。
僕が1999年にドイツに来てから、日本では讃岐うどんブームがあったようですが、高松の街中「うどんうどん」の看板を見ると、なぜか食べたくなくなってしまうのが僕の性格で、帰りの飛行機が飛び立ってすぐに「はあ・・やっぱり食べればよかった・・」と思っても、時すでに遅し。つまらない意地が災いしました。

その後演奏させて頂いた総合研究大学院大学のある神奈川県・葉山も、自宅の千葉を出た時はとても寒かったのに、大学最寄りの逗子駅に着いた途端暖かく、人の流れも空気も、同じ首都圏でありながらのんびりとしていたのが印象的でした。この博士課程しかない大学院大学では学位を授与された多くの方々とお知り合いになれましたが、分野は違っても、生涯一つのことについて研究を続けていこうという意志を持つ者同士として共感することが多く、心から応援したくなる方々と触れ合えた時間でした。
そして高松での無念を晴らすべく、なぜか逗子駅で、本番前で時間がないというのに「天ぷらうどん」を食べていた僕。なかなか美味しかったです。

僕にとって、演奏させて頂ける場所は、どこも特別な想いを持つものです。
来たる5月14日(土曜日)にも、新宿文化センター大ホールでの第24回声楽&ピアノ フレッシュ・コンサートに出演させて頂けることになりました。一緒に出演なさる方々は、国内外のコンクールに入賞された実力のある方ばかり、これまでに出演された方々もそうそうたる顔ぶれで、僕にとってそういった方々と同じ舞台に立たせていただけることは大変刺激的で、今から興奮状態でもあります。
この5月14日という日が皆様にとっても、僕にとっても、特別な貴重な一日となるよう、何よりまず僕が無事に日本にたどり着けるよう、皆様どうぞお祈りください!


藤井隆史


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